「いやしの楽々庵」庵主プロフィール


庵主:米澤

【経歴】
1963年3月 愛知県岡崎市に生まれる。
1981年4月 静岡大学工学部入学。引きこもりになり、3年後に中退。
1985年4月 名古屋電気通信工学院(現、名古屋工学院)電子工学科入学。
1986年 第一級無線技術士(国家資格)取得。
1987年4月 眼科大手医療機器メーカーに就職し、半導体検査装置の開発を担当。
2003年1月 開発の仕事に燃え尽き、整体を学ぶため、東京整体医学院入学。
毎週土日、東京へ通う。
2003年8月 畠山裕美先生に師事し、操体法を学ぶ。
2003年10月 東京整体医学院卒業。(整体、リフレクソロジーを習得)
2003年12月 退職届けを提出したが、強く慰留され、
嘱託社員に切り替えて週末にいやしの楽々庵を開業。
2004年3月 研究所へ異動。最先端医療機器開発を担当。
2005年4月 操体法をさらに追求するため三浦寛先生に師事。
(感覚分析診断操法士第116号)
2008年4月 カウンセリングの技術を本格的に学ぶため、日本産業カウンセラー協会の養成講座受講開始。
2008年10月 産業カウンセラー養成講座修了。



整体を始めた切っ掛け!

私は子供の頃から人と接するのが苦手で、独りでコツコツ何かをするのが好きな性格でした。
そんな訳で、大学も工学系に進みました。中退した後も、結局は工学系の専門学校に入り直して国家資格を取得し、念願だった開発の職を手にすることができました。

しばらくは順調そのものだったのですが、10年ほど経ったあたりから所属していた部門が大きな赤字を出すようになり、このままでは撤退しなければならないという事態になります。
そんなとき、自信過剰だった私は起死回生のための新製品開発を提案したところ承認されプロジェクトがスタートします。

その製品は世の中にまだ存在しないものだったため、開発は道なき道を進むようなもので大変な苦労をしますが、徐々に形になってきて製品化の見通しが付きかけていたとき、経営の決断で業界撤退が決まってしまいました。ほんの少し遅かったのです。

人生始って以来と言えるほど没頭し、苦労した結果が一瞬にして消える。その出来事は当時の私にはあまりにも大き過ぎました。

どんなに一生懸命頑張っても報われない! 技術職に絶望し、しばらくの間放心状態の日々を送りますが、ある時急に「人と直接関わる仕事をしてみたい!」という気持ちが芽生えてきました。とはいえ、人と接するのが苦手だった私にとっていきなり営業職はハードルが高すぎるため、何か他に出来そうなものはないかと思っていた時、ふと数年前の出来事を思い出します。

それは、首の激痛でした。一度横になったら最後、起き上がろうとするたびに首がちぎれるかと思うほどの激痛に襲われて起き上がれなくなったのです。
整形外科へ行って診察してもらいましたが、結果は異常なし。「どこも悪いところはないですよー」と言われ憤慨しました。こんなに辛いのに異常なし!?現代医学は何をしているだー!
「牽引でもしておきましょうかー?」と言われ、何度か牽引するものの、かえって酷くなるだけでした。ところが、しばらくして「もう、いいや!」って思って治すことを諦めたところ、1週間ほどで治りました。

そんな出来事を思い出しているうちに、「そうだ!現代医学では治せないけど東洋医学なら治せたのでは?大学の医学部に入るのは無理だが、私でも整体なら覚えられるはず。」
善は急げ。さっそく学校探しが始まります。自宅の近くにも学校がありましたが、お客さんの扱いが非常に雑で雰囲気も悪かったためNG。整体のチェーン店が経営する学校も見学しましたが先生のやる気のなさに呆然としてNG。大阪の学校も見学してみたが、何らかの経験者でないとついて来れないと言われ断念。

そして、やっと東京でいい学校を見つけました。雰囲気がよく、先生のやる気も十分で、技術もしっかりしてる。ここならいい技術が身に付けられると考え、すぐに入学しました。
ところが、7ヶ月ほど通ったある日、気が付ます。今習っているのは治療法ではなく、癒し?
整体の学校といっても、1年程度で身に付くものは少し楽にして上げられるくらいのものでしかありませんでした。そこで急遽、治療法を習えるところを探します。

それで見つけたのが「操体療法」です。「気持ち良さを味わうだけで身体は自然によくなっていく」という考え方がすごく合理的で魅力的に感じたのです。
一番いい先生は誰か?その人は、創始者である橋本敬三先生が一番信頼していた三浦寛先生でした。ところがこの先生、顔がすごく怖そうで敷居が高すぎました。そんな訳で三浦先生の弟子の畠山先生に操体療法を教えてもらいました。

そして、整体の学校も無事なんとか卒業し、治療法もなんとか覚え、自信過剰の私はすぐに退職届けを出しましたが、妻は大反対。会社からも週に3日でもいいから働いてくれと言われ、急に現実に引き戻されます。そして、現在の二足のわらじ生活がスタートしました。


カウンセリングを始めた切っ掛け!

念願の整体をはじめたものの、しばらくすると満足できないことが出てきました。 お客様が何度もリピートしてくるのです。 頼りにして頂けるのは嬉しいのですが、自分がやっている施術に意味があるのか? そんな疑問が頭をよぎったのです。

なぜ、戻ってしまうのか?しばらく考えていてふと気づきます。「治ってる人もいる!」
では、何が違うの?答えは会話でした。治っていく人は症状以外にも色んな話をしていました。
仕事の不満、家庭の不満、悩み事・・・

そうか、ストレスが原因で病気になっていたんだ。だから、ストレスの原因を取ってあげなければ再発は防げない。

善は急げ。さっそく、カウンセリングの勉強ができるところを探しました。
一番実力が身に付くのはどこの学校か?数日の勉強で資格がもらえるところはいろいろありますが、そんなものが役に立たないことは分かっているため、実習を含めて内容が充実しているところを選びました。

日本産業カウンセラー協会は1960年に設立され、1991年には労働省からも技能審査として認定されています。また、養成講座は実習にも非常に力を入れており実力のあるカウンセラーを養成できる内容でした。

カウンセラー養成講座は技術を身につけるというよりも、自分を変えていく作業のようでした。今までの自分ではカウンセリングにならない!
そう、カウンセリングとは心と心の交流によって心のあり方が変わっていくものだから、自分の心が問題を抱えたままだとそれが出てしまうのです。
まだまだ未熟ですが、良いカウンセリングができるように研鑽していきたいと思います。


心と身体の関係を研究し始めた切っ掛け

整体を勉強し、カウンセリングも勉強した。これでみんなを癒してあげられる。その考えが甘かったことは直ぐに分かりました。身体の症状で来院する人は自分のストレスにほとんど自覚がないんです。
何かストレスがありませんでしたか?と聞くとほとんどの人が「何もありません」と答えるのです。
症状が出はじめた頃の話しをいろいろと聴いていくと、結局は大きなストレスが見つかるのですが、直ぐに見つかる人ばかりではありません。何回もカウンセリングをしてはじめて見つかる場合も多いのです。でも、これでは時間がかかり過ぎます。そこで、何かよい方法はないかと考えていました。

そんな時、一冊の本に出会います。それは土橋重隆先生の「ガンをつくる心 治す心」という本です。右の乳がんと左の乳がんでは明らかにストレスの内容が違うというものでした。
そうか、だったら症状の場所とストレスの内容を結びつける理論を構築すればいい。そうすれば、症状の原因になっているストレスが早く分かるから早く治してあげられる。

この研究は極めて困難です。なぜなら、ストレスのどんな要素が症状と関係しているのか分からないだけでなく、そもそも何がストレスなのか自覚のない人のストレスを対象としなければならないからです。
でも、難しいほどやる価値は大きいもの。人生をかけた研究課題として頑張っていきます。


場所

名前 いやしの楽々庵
住所 〒444-0825
愛知県岡崎市福岡町字南御坊山1-1
予約用電話  0120-548-962
(予約は事前にお願い致します。)
施術中も繋がるように、コールセンターを利用しております。
いやしの楽々庵のHP見た!でスムースです。(20時迄受付)
備考 ※お着替えもご用意しておりますが、なるべく身軽な服装でお越しください。
※遠くからお越しのお客様はJR岡崎駅からの無料送迎を致しますので遠慮なくご相談ください。

 時間帯 火  水  木  金  土  日 
 10:00〜20:00  /  ○ ○ 
 20:00〜23:00  ○  ○  ○  ○  ○


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